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どんな無様なことになろうとも

先日借りた本、阿部幹雄 著「生と死のミニャ・コンガ」を読み終えた。

1987年、利尻岳で遭難した山スキー部の死の宣告を彼らの親にした後の気持ちを、著者は次のように書いている。

彼らは自らの意思で山に登り、好きな山登りで死んだ。死んだ者たちは満足かもしれないが、残された父や母の悲しみはどうなるのだ。残される者を思えば、どんな無様なことになろうとも、山から生きて帰るべきなのだ。ぼくは、死者たちに怒りを覚えた。

この一節を読んで、上ホロで起きた二つの雪崩事故の後に受け取った、友人からのメールにあった言葉を思い出した。

仲間を助けられるなら助けたいし、助けてもらえるならどんなに不様でも助かりたい。

著者がミニャ・コンガへの登頂を目指した1981年の翌年には、別の隊が遭難している。頂上直下まで登って遭難した2人は疲労凍死したとみなされ、他の隊員が下山したために取り残されてしまった。2人のうち1人は途中で力尽きて死亡し、もう1人の「松田宏也だけが『生』への執念を燃やし、死体と見間違えるほど体を腐らせ、遭難から十八日目に自力で下山、生還した。」

到底、自分にはこれほど強い「生」への執念も体力もない。けれども、「不様でも助かりたい」という気持ちがなければ、山に入るべきではないのかもしれないと思った。

死の危険性について言えばミニャ・コンガとは比較にならないのだろうが、彼は利尻岳の遭難後にアイゼンとピッケルを再びしまい込んだにも関わらず、1990年からはカムチャッカでの冒険を再開している。そして、 1996年に著者が仲間の遺体収容のためミニャ・コンガへ再び旅立つ前、「もし死んだら、どんな葬式をしたいのか話しておいて……」という妻の言葉に、「ちょっと考え込んでから」彼は「正直に答え」た。必ず生きて帰ってくるとは言わずに。利尻岳での彼の考えから大きく変化している。彼が自分の望む葬式について詳しく話した理由が、

人々がぼくのことをいつまでも思ってくれるような生き方をしたい。(中略)そうすれば、ぼくの死後、魂はいつまでも寿命を保ち輝いていることだろう。

と考えたからなのだとしたら、どこか間違っているように思う。さらに、彼がミニャ・コンガで死ななかった理由が、「遺体を収容し、墓を作るために生かされていたのだ」という結論にも納得がいかない。彼自身が納得できる理由を探していたように思ってしまった。むしろ、終章の直前に書かれた

生きていることは、ただそれだけで幸せなのだ。

という言葉の方に真実があるように思う。

今年の春、身内に不幸があった際に、残された親から通夜の席で同じような言葉をかけられた。家族や友人にとって、生きていることが何より大事なのは間違いない。魂よりも暖かい体に触れることが出来る方がいいに決まっている。魂の存在は、慰めにしか聞こえない。

著者の阿部幹雄さんは、先日開かれた雪崩講演会の終わりにこの冬南極へ行くことを話していた。彼は冒険を続けているようだが、結局、本人と周りの人間がどのように納得するかが問題なのだろう。

生と死のミニャ・コンガBook生と死のミニャ・コンガ

著者:阿部 幹雄
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登山に関わる全編に渡って、ヒューマンファクターの大きさを感じさせる。事故を生き残った著者だからこそ、強調して語ることが出来るのだと思う。
ミニヤコンカ奇跡の生還 (yama‐kei classics)Bookミニヤコンカ奇跡の生還 (yama‐kei classics)

著者:徳丸 壮也,松田 宏也
販売元:山と溪谷社
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阿部幹雄さんによると、壮絶らしい。読むのが怖いが読んでみたい気もする。

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