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井上ひさし作文教室 作品展

紀伊国屋札幌本店へ行ってみると、たまたま「井上ひさし作文教室 作品展」(PDF)をやっていた。この作文教室は、夏に札幌大学で開催されたものらしい。ちょうど最近まで、雪崩事故のエントリーで気が遠くなるような議論が続いていたので、「作文教室」という言葉に惹かれて作品展をのぞいて来た。

展示されている作文は、受講者が与えられたテーマについて400字詰め原稿用紙1枚に書いたもので、講義の中で「前説を置かない」、「論文にならないように」、「接続詞を使いすぎない」などなど、作文の書き方の指導を受けたとパネルに説明があった。学会のアブストラクトや論文以外にはまともに文章を書いていないし、まして作文なんて高校の読書感想文以来一度も書いていないので、そうした作文を書くときの注意点にはちょっと違和感を感じてしまった。というのは、論理性に重点は置かれないようだったからだ。自分では、作文は論理性よりも、まず「読みやすさ」や「取っ付きやすさ」が大事なのだと解釈した。

実際にいくつか受講者の作品を読んでから、書き込まれた赤ペンのコメントまで読んでみると、「前説で理屈をこねると読者が離れる」ということには納得した。そういう文章があると、知らず知らずのうちに面倒になって読み飛ばしたりしている。耳慣れないカタカナ言葉や難しい言葉があるとなおさらだった。そうした言葉についての説明さえないと、ひどいときには全く読む気がなくなってしまう。けれど、やっぱり作文も「分かりやすく書く」という点では論文などと同じようだ。文章が分かりやすいことは、読者を離さないためにも大事なんだと思う。

分かりやすく書くことは、文章で議論するときにも当然必要になる。口頭での議論なら、話し手は聞き手の様子から理解度をうかがいながら、聞き手は分からないときはその都度話し手に確認しながら議論を進めることができる。けれども、文章で議論を行うとなるとそうはいかない。どうしても一方通行になるので、もっと丁寧に分かりやすく書かなければ、書き手と読み手の理解のずれをいちいち修正できないので、だんだん話がかみ合なくなってしまう。例えば、論文だとレフリーとのやり取りはメールになるので、場合によっては論文に使っていないデータまで使って説明することも必要になる。説明の仕方も一通りでなく、いくつかの異なる観点から説明することもある。それが文章での議論だし、ブログのコメントを使った議論も文章で行うのだから基本的には同じはずだ。読み手に自分の考えを伝えたいなら、分かりやすく書くべきだと思う。そうすれば、第三者もきっと議論の内容を理解しやすいだろう。どんな文章であれ、「分かりやすく書く」ことをいつも意識したい。といっても、わざと書かないときもあるけどね。

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