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札幌生存権裁判

温泉から帰って準備をして、宿泊研修センター・はな工房へ移動した。そこで、今回のキャンプのメイン企画らしい、「札幌生存権裁判」について生存権訴訟北海道弁護団団長の内田信也さんの講演を聴く。

簡単な自己紹介をしてから、配られたレジュメを見ながら話を聞いた。適当に内容をまとめる。

生存権裁判とは、生活保護の老齢加算と母子加算の削減・廃止処分の取り消しを求めて争っている裁判のことで、このうち母子加算とは、18歳以下の子どもを養育するひとり親世帯に生活保護費が加算して給付される制度である。約200億円の国の予算から23,260円(子ども一人養育・札幌市の場合)が給付されていたが、給付は段階的に削減され、今年4月、制度がつくられてからから60年目にして廃止された。北海道ではこの母子加算訴訟のみで争っていて、札幌訴訟では7名が原告になっている。裁判では、ここ10年で浸透して来た子どもの権利条約に基づいて、子どものため、子どもが育つ権利を守るという視点で争っている。

札幌生存権裁判の紹介の後で、そもそも貧困とは何かということについて、これまで橘木さんの講演会湯浅さんの講演会でも度々説明があった貧困率の話を聞いた。OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development: 経済協力開発機構)が定める貧困線は、手取り世帯所得の中央値。母子家庭の年収は200万円くらいで、14.7 %の子どもが貧困線以下の生活を送っている。すべての母子家庭が生活保護を受けているのではなく、だいたい2割が受給している。

母子家庭の経済的困難については、義務教育である小中学校の合宿などへ参加できない児童・生徒の話を何度か聞いたけれど、私立高校の部活の合宿でも同じように大変なようだ。

厚生労働省が生活保護の母子加算を削減する根拠としたのは、生活保護制度の在り方に関する専門委員会 報告書で母子加算削減の具申がなされたこととしているが、実際にそうした具申はされていない。他にも、廃止の根拠とされた総務省の行った全国消費実態調査は、約120万世帯の母子世帯の中から、生活保護を受けている世帯と同程度の母子世帯の消費水準を、たった32世帯のサンプルだけを比較したものだった。世界的に見て200世帯くらいのサンプル調査をするのが一般的であるが、この調査の結果、生活保護世帯の方が消費水準が高かったことを廃止の理由とした。今まで60年間続いたものを削ってしまう合理的根拠はない。

子どもの貧困は、子どもの非行や親の虐待と切り離すことができない。経済的困難やネグレクトなど、家族の機能不全が問題になっている。「子ども手当」が注目されているが、もっと必要なところへ使うべきだ。これからは「子どもの貧困」が時代のキーワードになりつつある。OECDの調査から、日本の子どもの約7人に1人が貧困状態にあり、世界でもワースト10位の14.3 %という貧困率となっている。しかも、「ひとり親世帯」の子どもの貧困率は、57.3 %でワースト2位。

社会保障による所得再分配の結果、主要国ではOECD平均で子どもの貧困率は8.3 %減少している。貧困率の減少が小さい方から並べると、アメリカ 4.9 %、カナダ 7.5 %、ドイツ 9.0 %、イギリス 12.9 %、フランス 20.4 %である。一方、日本はなんと、所得再分配の結果、貧困率は1.4 %増加している。日本の社会保障の逆進性を示している。つまり、社会保障が社会保障になっていない。

「政権交代」で母子加算が復活する可能性があるが、生存権裁判弁護団としては、母子加算廃止の違憲判決を受けた上で、復活させたい。母子家庭の8割は働いている。ところが、生活保護を受けたいと思っても、行政は窓口で「水際作戦」などでできるだけ受けさせないようにしており、受けることができても早く辞退させられてしまう。もともと生活保護を受けることを避けていたところに、最後の頼みの綱として生活保護を受けようとしたのに、こうした扱いを受けることによって、ますます生活保護を拒絶するようになる。そして、生活保護を受ける母親と受けない(受けられない)母親との間に対立が生じている。生活保護を受けている母親は、本人が鬱病であったり、子ども3人が障害児だったりして、働けない実態があることが多いが広く知られていない。本来は、母子家庭の母親は連帯すべきだ。

これからの時代は、貧困の撲滅でも平和の実現でも、「子どもの権利」の視点で考えることが重要だ。

こう結んで、内田さんの講演は終わった。講演の内容をまとめてみて気付いたことは、OECDの生データがまだ自分で見つけられないこと。ちなみに、OECDの文書で日本の格差に相当する言葉は、inequality。つまり、不平等だ。2年前に聴いた苅谷剛彦さんの講演で、確か、「格差ではなく不平等だと言うべきだ」と話していたのを思い出した。「不平等」という一般的な訳を、わざわざ「格差」という曖昧な言葉に訳すところが姑息だ。こんなことをするから、「格差はあってもいい」という発言を許すことになる。

参考:生存権裁判を支援する北海道の会

それにしても、日本の社会保障の逆進性には驚いた。貧困率を減少させることが目的であるはずの所得再配分が、結果として貧困率を増加させることになっているとは。ついこの間まで国内で飛び交っていた自己責任論が、こうした異常を異常と思わせない空気を作り出していたんじゃないだろうか。

ところで、ちょうど2年ほど前に、生活保護費が引き下げが検討されることになったときに、mixi日記に書いたことを思い出した。当時は、ワーキングプアが問題になっていたときで、生活保護の不正受給もニュースになった頃だったと思う。そんなときに、ワーキングプアよりも高い所得の生活保護受給世帯をワークングプア層が攻撃する風潮が生まれた。その流れにのったのが、生活保護費の引き下げ検討だったと思う。そのとき書いたのが、これだ。

ワーキングプア<生活保護

生活保護費を引き下げ

ワーキングプア>生活保護

労働条件悪化

ワーキングプア<生活保護

生活保護費を引き下げ

ワーキングプア>生活保護

労働条件悪化

ワーキングプア<生活保護

生活保護費を引き下げ

ワーキングプア>生活保護

……

餓死

日記には「デフレスパイラル」というタイトルを付けたけれど、貧困のスパイラルだ。貧困層がお互いの足を引っ張り、さらなる貧困へ陥って行く。本来、連帯して貧困をなくすべきなのに、分断され、対立させられる。こうした分裂や対立で内部崩壊させるのは常套手段なのに、気付かない人が多い。最近でも、例えば公務員叩きがその典型だ。民間が厳しいときに安定している公務員を目の敵にする風潮があり、つい先日も公務員給与の削減が決まったはずだ。ところが、地方の中小企業では公務員の給与を基準に給与を決めるのが一般的ではなかっただろうか。つまり、ここにワーキングプアと生活保護とのアナロジーが成り立つ。給与が減れば当然購買力が低下するので、結果として民間企業の給与は上がるより下がる可能性の方が高いだろう。しかも、そもそも公務員は「官製ワーキングプア」の増加で、多くが非正規雇用に置き換えられている。叩くにしても、標的になる公務員は、天下りする官僚とかだろう。下っ端の非正規公務員を叩くのは共食いしているようなものだ。

はな工房から戻ると、ようやく飲み会。酒が飲めなかったはずなのに、すっかり酒好きになってしまった。でも、彼女がどうとかって話には辟易する。イケメンなんて煽てたって、無いものは無いんだ!そうして夜中までだべってから寝るのかと思ったら、翌日の昼食のおにぎり作り。もう、みんないい加減適当なので、ご飯はべちゃっとしてるし、おにぎりの大きさもバラバラでデカすぎ。作り終わったら、もういい加減眠かったので、テントへ戻ってすぐにシュラフに入って寝た。

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