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虹の橋は一緒に渡るもの?

ペットが死ぬことを「虹の橋を渡る」というのは、「虹の橋」という詩に由来するものらしい。

Wikipediaで詩の内容をみてみると、要は「死んだペットが天国の前で飼い主が来るのを待っていて、飼い主が死んだら一緒に虹の橋を渡って天国へ行く」というような内容らしい。「虹の橋を渡る」ということは天国へ行くということだ。でも、飼い主が死んでないのに、ペットだけ虹の橋を渡って先に天国へ行ってしまうのは変だ。飼い主と再会しないまま天国へ行ってしまっていいのか?詩の内容とちがわないか?

ペットが死んで虹の橋へ行っても、そのまま渡ってしまってはダメだ。橋まで行っても渡らずに飼い主を待っていてくれなければ再会できない。つまり、ペットが亡くなることを「虹の橋を渡る」と言うのではなく、「虹の橋へ(先に)行く」と言うのが正しいのだろう。飼い主も死んだときに初めて第三者が、「飼い主とペットが一緒に虹の橋を渡った」と言うことになるんじゃないだろうか。

8月はじめに銭函で紙袋に入れて捨てられていた仔猫たちを8匹拾ってから1ヶ月が過ぎた。

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拾った時点で亡くなっていた1匹は現地に置き去りにしてきたので、残念ながら虹の橋にはすでに1匹が行ってしまっている。その日のうちにツキネコさんに協力してもらい、残りの8匹は保護した。

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けれど、自分たちがその週末に預かった2匹のうちキジトラが1週間ほどして虹の橋へ。

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その週末は別の2匹を預かり、その2匹も猫風邪で目ヤニがひどく点眼を続けてはいたものの、なんとか元気なままツキネコさんへ返すことができた。

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ところが、数日後には、生まれたてでちまちまさんに哺乳してもらっていた黒チビ2匹が続けて虹の橋へ。5匹に減ってしまった。

その後はしばらくスタッフとボランティアの人たちに世話をしてもらっていたけれど、猫風邪が悪化してツキネコさんに戻ってきた3匹を、チャリティー飲み会の後に連れて帰って週末の3日間だけ預かった。

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薬ももらってケアをしたけれど、最初にも預かった一番大きい黒猫の風邪は治らず、ついには餌を食べずミルクを飲むだけになってしまった。

再びツキネコさんに託して病院へも連れて行ってくれたけれど、1週間がんばって虹の橋へ。ツキネコさんから名前をもらったばかりだった。忘れてしまったけれど、女の子の名前だったような気がする。

同じく「なごむ」という名前をもらい、元気になったかと思った一番小さな黒猫も猫風邪がなかなかよくならなかった。

9月に入って金曜日から3日様子を見に行っていたけれど、ミルクを飲んでも吐いてしまう状態だった。最後はもう点滴もあきらめて、数日後には力尽きて虹の橋へ。

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まだ仔猫を看取ってはおらず、辛い最期は全部ツキネコカフェのスタッフとボランティアの人たちに任せてしまっている。100匹以上の保護猫の世話をしながらカフェを営業していて、涙を流すことも許されない状況と聞いて本当に申し訳ない思いだ。

みんなのおかげで辛うじて3匹は生き残っている。ツキネコにいるキジトラの「いつき」と、預かりボランティアの元にいるキジトラと黒猫。拾ったときは8匹の里親を見つけなければいけないと必死だったのに、すっかり寂しくなってしまった。なんとかこの3匹には、元気になっていい里親と出会って欲しい。

自分は拾っただけで飼い主でもなんでもないただの「保護主」だけど、もしホントに虹の橋があるのだとしたら、死んだときには虹の橋へ行った5匹とできれば再会したいと思う。自分だけ橋を渡ることができないかもしれないけどw

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