人間の目で見る経済
先日、聴きに行った品川正治さんの講演会「21世紀の世界と日本の座標軸」を畏れ多くもまとめてみようと思う。主催者のグリーン9条の会がYouTubeにでもアップしてくれたら済むのだけど、DVDを1,000円で売ってたので、仕方なく自分で文字に整理することにした。制作費がいくらか知らないけど、本当に品川さんの考えを広めたいなら、ウェブで公開するくらいしてもいいのに。ちなみに、2年前に明治学院大学国際平和研究所で行われた講演会の模様は、YouTubeで見れる。
品川さんの憲法9条への思いなど、札幌で聴いた内容がかなり語られている。他にも、文章の形で、同じく2年前の10/19に杉並産業商工会館で行われた講演会「戦争・人間、そして憲法九条」の内容が公開されている。これらを見聞きすれば、札幌での講演内容の9割はカバーできると思う。
とはいえ、どちらの講演会も開催されたのは2年前で、これまで世界情勢は大きく変化した。去年、9/15にリーマン・ブラザーズが破綻したのを契機に、世界不況が起こって日本経済も大打撃を受けている。この不況の最中に行われた講演会だったので、品川さんの話もしっかりと現状を踏まえたものだった。それは、具体的にはしんぶん赤旗でも紹介されているように、年越し派遣村から品川さんが感じた、これまで日比谷を中心とした国会や官公庁が「状況をつくって国民がそれに適応してきた」のに対して、「『派遣村』は国民が状況をつくった。これからの日本についても、国民が状況をつくることがあり得るということを知らせた意義は、非常に大きい」
ということだった。
札幌の講演会に参加したという、にまめさんが自身のブログ「にまめの歯ぎしり」で、品川さんの話した内容をまとめてくれている。結局、これらを全部読んで整理すれば、自分でわざわざまとめることもないんだけど、「人間の目で見る経済」という品川さんの言葉を中心に、自分なりにピックアップしてまとめたいと思う。
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日本国憲法は特殊である。憲法9条には、戦争は人間として許されないという願いがこもっている。日本以外の世界中の憲法では、戦争を国家の目でしか見れないが、日本国憲法では人間の目で戦争を見たからあのような文章になった。常備軍を持たない国は他にもあるが、国家の目で見て国益にかなうと考えたにすぎない。日本国憲法はそれを超越している。
日本はそのような憲法を持っているのに、なぜ経済を人間の目で見ず、金融資本の目でしか見れないのか。ついこの間まで、国家でさえかく乱されてしまうような経済システムが続いていた。ところが、去年の9/15にリーマン・ブラザーズが破綻したが、表現は悪いけれど、これは神風だと思う。あと5年続いていたら、日本はいったいどうなっていたか。
日本はアメリカの資本主義というのをマスコミ等を通じて理解しているつもりだが、現実には全然理解できてない。例えば、S&P500社、すなわち、アメリカを代表する企業500社のCEOの給料は、一般の平均労働者の340倍である。もっとひどい数字がある。金融資本の最先端を行っていたヘッジファンドのファンドを統括しているマネージャーの1位から10位までの平均の報酬が、労働者の1万9千倍というのが分かった。しかし、日本の取締役の平均の報酬は社員の平均の7倍にすぎない。
アメリカの資本主義に近づけば近づくほど正統資本主義になると、小泉竹中時代には「改革なければ成長なし」という言葉で徹底的にそういう思想を国民に吹き込んだ。小泉竹中コンビは経済政策を実施して来たが、政策はすべて竹中に丸投げだった。その竹中が実施しようとした政策で一番大きな問題は規制改革だった。その中でも雇用の規制改革は徹底的に日本人を不幸に突き落としてしまった。非正規労働者の数は1/3、若い層では1/2というところまでわずか数年で変えてしまった。
他にも、「官から民へ」、あるいは、「大きな政府から小さな政府へ」というのが大きなスローガンだった。しかし、日本が大きな政府だと思っている国は世界中で一国もない。人口10万人に対する中央・地方の役人の数は先進国中でも日本は最低。決して大きな政府ではない。まして、政府の役割としての福祉の対GNP比は、アメリカと日本とが世界最低を争っている状況だ。しかし、ひとつだけものすごく大きい政府だと言われるところがある。それは政府の借金だ。他の先進国が真似のしようがないほど大きな借金を政府は国債という形でしている。1%のGNPを上げるために100兆使ったときもある。
この政府の借金というのは、アメリカや韓国、中国から借りてるわけではない。国民の個人の家計部門から借りてるだけで、金融機関と企業を助けるためにゼロ金利という格好で借りたのだ。本来なら働いて退職金をもらって、その金利と年金とで老後の生活はやっていけるという生活設計をかつてはみんな持っていた。ところが、ゼロ金利だけでは足りないから、今度は預貯金を全部国債に変えて、企業と金融機関を助けた。そのおかげで、去年まで史上最高の利益を企業は出し続けていて、いざなぎ景気を越えるとまで言われた。国債を償還するとなると、当然、利益を得て来た企業が今度は返す番だ。ところが、企業はさらに法人税を下げることを要求し、政府はそれを考慮する経済政策をやっている。だから、また国民の個人の家計部門のお金で財政のこの負担を償却しようとしている。それが年金、健康保険料、後期高齢者医療保険料、何より消費税が問題となっている。これらを全部国民の負担に変えようとしている。
しかし、そのことが国民に分かってしまうと誰も協力してくれないから、悪者を作った。役人の不詳事を毎日のように新聞は書く。もちろん、国民の目線から見て直してもらいたいところはたくさんあるが、問題の本質をそこにすり替えていることは本当に許せない。しかも、日本の修正資本主義の一番中心になったのが役所である。日本の資本主義とアメリカの資本主義のちがいを一言で言うなら、日本の資本主義というのは、「成長の利益は国民で分ける」ということ、アメリカの資本主義の一番基本は、「利益はすべて資本家のもの」ということ。だから、修正資本主義という格好で、戦後、「日本を資本家のための経済大国にはしない」とやって来た官僚に対する恨みを晴らすためにも、「官から民へ」、「大きな政府から小さな政府へ」という言葉を使って、しかも国民もそれにのってしまった。しかし、9/15のリーマン・ブラザーズの破綻によって、アメリカの資本主義とは何かがはっきりし始めた。もう多くの人たちはアメリカの資本主義に近づけば近づくほどいいとは言えない。それゆえ、言葉は適当じゃないかもしれないが、9/15を神風と呼んでいる。
もうひとつ、神風は吹いた。それは、あの年越し派遣村のことだ。これは、日本の貧困、格差、雇用すべてを国民の目にはっきりとさらした。日比谷というところは、中央官庁が全部あるところで、日本の司法行政立法の中心である。そこで、日本の貧困とはどういうものか、この冬空に職を切られれば住む場所もなくなる人がこれだけいるんだということもはっきり示された。またそれを炊き出しテントを張って救ってやろうとする人が1000人出て来た。日本は今まで、お上、国会、司法、行政、そういうものが状況を作って、国民はその状況にどう適応しながらやっていくかとういのが生き方だと思っていた。ところが、あの年越し派遣村が、「国民が状況を作れる」ということを国民の目の前に示した。マスコミも1面トップでその問題を取り上げざるを得なくなった。この二つのことは2008年に起こった非常に大きな問題だ。
金融恐慌に近いこの経済不況というのは、長く続くと思う。なぜなら、アメリカが元に戻れないことは決まり切っている。いくらアメリカ人でも、アメリカン・ドリームという格好でおだてられていたのが、そこまで馬鹿にされていたのかと気付く。そういう意味で、アメリカの過剰消費に応じて輸出によって日本のGNPを引き上げるという政策は、もう当分とれない。
政治をやる人にやって欲しいのは、長く続く苦難の時期にどうやって国民の犠牲を少なく済ませるかということを本当は考えて欲しい。それを考えることによって、日本の資本主義の型ができて来る。もうアメリカ一極支配という格好はおそらくない。まして、オバマ大統領がそうしないという政策をはっきり示している。しかし、長くかかると言うなら、長くかかる間どういう風な形で国民の負担を和らげていくかというのが政策じゃないかと考える。それを急いで片付けるためにまた大企業にばらまいたり、今年1年だけばらまいたりというのは政策ではない。選挙が近くなければこんなことは絶対にやっていない。今はせっかちにこうやれば解決できると言う人が、大企業に対する支援策だとか、あるいは、エコポイントだとか、電機と自動車だけが売れるようになんとかしようとか、人を馬鹿にするにもほどがある。もう今は総選挙が近く、彼らがばらまいていることは目に見えている。その辺をはっきりと見抜いて欲しい。
資本主義の型というのはどう変えて行くか、その間どう国民に負担をかぶせないでやって行くかということを日本が本気で考えれば、日本型の資本主義という形ができると思うが、まだ分からない。しかし、日本は世界でたったひとつ憲法9条を持っている国であり、これと憲法25条が去年の年越し派遣村でドッキングした。人間の目で見た経済が夢ではなくなった。もう本当にどちらを選ぶかという問題に近づいて来た。
最期にお願いしたいのは、自分が主権者だということを確認して欲しい。確かに経済界というのはヒエラルキーができあがっているて、トヨタ自動車の豊田正一郎さんとトヨタの販売店の子会社その社員の人とは10万対1どころか100万対1ぐらいのヘゲモニーのちがいはある。しかし、選挙や国民投票になれば、豊田正一郎も1票しかない。
日本とアメリカとはちがう。アメリカは原爆を落とした国で、日本は落とされた国というだけでもちがう。資本主義でもちがう。それを言い切れば、日本の政策はずいぶん幅が広くなる。しかも、世界二位の経済大国である日本が、アメリカとちがうとひと言言っただけでアメリカは世界戦略を変えざるえない。アメリカが世界戦略を変えるということは世界史が変わる。それを決定できるのは、役人でもなければ、外交官でもない、主権者たるみなさん方だ。世界史を変える立場に、日本史の中ではおそらく初めて立ったんじゃないか。主権者として主権を発動してもらいたい。これが私の最大のお願い。私のような老齢の人間はもう世界史が変わるところを見ることができない。けれども、みなさんがたは、子供のために、孫子のために、あるいはみなさんがたご自身のために世界史が変わるとこが目の前に来ていることはっきりと確認していただければ、これに勝ることはない。
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憲法9条と25条を基本とする「人間の目で見た経済」が、これからの日本の資本主義の型になるという話だった。マルクスの予言通りに資本主義が終焉を迎えて、これから経済はどうなっていくのだろうかと思っていたところだったので、新しい日本型の資本主義という言葉を聞いてとても興味深く感じた。ただ、講演の最後に品川さんが会場の人たちにお願いしているように、選挙権などの主権を発動することによって実現するかもしれないというもの。社会主義であっても、クーデターや革命をともなわないなら、民主的に変わって行くしかない。結局、自分にとっては今までとあまり変わらないんだと思った。でも、周りの人には話が受け入れられやすくなるかもしれないかな。
ゼロ金利政策の話が出て来たけど、そもそも貯蓄のないような貧しい人は関係ないんじゃないだろうか。中流層が貧困層へ没落したというだけで、役人が続けて来たこれまでの「修正資本主義」が貧困を放置していた事実は変わってないと思う。有権者の大部分を貧困層が占めたときに、どんな投票活動をするかで日本型の資本主義が決まるのかな。南米じゃ貧困層が選挙に行って、軒並み左派政権が成立しているようだけど、今度の総選挙で日本の投票率はどこまで上がるだろうか。
投票しないのは論外として、自民党と公明党に投票するのもまた論外。それ以外で議席数の多い政党は、民主党、共産党、社民党、国民新党だろうか。テレビとかによく出てるし。北海道だと新党大地の人もいるかもしれない。「政権交代」ばかり繰り返し叫んでいる民主党も、3年後に企業献金を禁止すると言いながら、ちゃっかり経団連に挨拶に行って、禁止するまでは献金をお願いしてる。金がかかる選挙制度を見直さなきゃ、政党助成金に依存する体質は改善できないし、企業献金禁止も空論で終わってしまう。そもそも、自民党から離党した人間の寄せ集めだし、今となっては横道は見る影もない。
結局のところ、どこが政権を取ろうが、国会でちゃんと審議をして世論を反映した政策を行えば何の問題もない。「ねじれ国会」と呼んで世論に反して強行採決を繰り返すのが異常なのであって、本来なら今の国会でさえもう少しまともな審議ができそうなものだ。品川さんの言葉を借りれば、みんな政治をやっているだけで、政策を語ってない。選挙のときだけ国民に頭を下げるような政治家はうんざりだ。武部の土下座は酷かったなぁ。
ただの愚痴になったけど、品川さんのような経営者が日本に増えたなら、財界にももう少し人間味が戻って来るんじゃないだろうか。
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