大雪山系遭難事故を考える
最近、天然の烙印を押されたので、しばらくこの件についての発言を控えていたけど、興味深い記事を読んだので、この機会にブロガー風に自分の考えを書いてみる。
昨日付けのしんぶんに、遭難事故と同時期に入山した日本勤労者山岳連盟(労山)理事で山岳ガイドの田上千俊さんから「大雪山系遭難事故を考える」というタイトルで寄稿があった。田上さんは16日に3人の仲間と旭岳を目指して入山したそうだが、悪天のために旭岳直登を避けて裾合平のまき道を登ったが、風雨が止まないので引き返して下山したそうだ。田上さんは、大自然が相手の登山は、原則的な行動をすれば本来楽しいスポーツであることを強調したい
と述べている。
田上さんは主に二つの点を指摘している。山岳ガイド協会から認定を受けた者は3人中1人だけであることと、予備日が用意されていなかったことの二点だ。
山岳ガイドの資格について知らなかったので、協会の文書で調べてみた。すると、山岳ガイドと自然ガイドに大きく分かれている。山岳ガイドの一番下の資格が山岳ガイドであり、この山岳ガイド受験資格の個人登山経験 (PDF)でさえ、300日以上の山行日数が要求されている。一方、山岳ガイドの下の資格である自然ガイドのうちで一番上に設定されている登山ガイドですら、120日以上が求められている。他にも、登攀や氷登り、沢登りの経験も問われている。とても、2、3年の趣味の登山で取得できるような資格ではないと思った。試しに自分の山行日数を計算してみると、夏山も40日足らず、冬山も50日を超える程度で、120日には遠く及ばない。まして、登攀や氷登り、沢登りは未経験。
検定試験 (PDF)では、筆記試験と実技試験が科せられる。登山ガイドでは、ルートガイディングの他、レスキュー技術や雪崩対策技術などの実技も必要になる。どれだけやれば十分かということは分からないけれど、これだけの知識と技術を求められる検定試験を通過しているなら、それなりのことはできるにちがいない。これからもし自分がツアーに参加するとすれば、ガイドがこういった資格をちゃんと持っているかどうか調べるかもしれない。寄稿の中で非常時に適切な判断を下せるガイドが、少なすぎたことが問題だろう
と田上さんは述べている。客の命を預かるガイドには、十分な経験と知識に基づいて、適切な判断を下して欲しい。
二点目の予備日の用意については、田上さんはガイドの労働条件の問題を次のように指摘している。長いけれど、全部引用させてもらう。
ガイドの多くは会社へ登録し、山行ごとの請負的な雇用関係となる。登頂できなければ当然次の仕事は減る。報酬は日当制で1万円前後が少なくない。危険な場所に身を置く仕事にふさわしい労働条件とはいえない実態だ。ツアー会社は、ガイドに対して十分な研修を実施し必要な装備を貸与するとともに、日程も予備日を組み込むなどガイドが危険と思われる場合に自由に判断できるよう改善すべきだろう。
ガイドは自分の収入のためには、危険と思われる場合でもツアーを続行せざるを得ない状況だということが想像できる。田上さんが、ツアー会社は収益を減らしてでも安全登山のために努力することが求められる
と、ツアー会社の改善を主張するもの分かる。けれども、おそらくツアー会社の多くが、ツアー会社同士の厳しい競争にさらされているのだろう。他のどのような業界とも同じように、客を奪い合う中で安全が疎かにされて行ったのではないだろうか。本来楽しいはずの登山において、市場原理に任せた競争が引き起こした事故だったのだと思う。
寄稿の終わりに、田上さんは文科省を批判している。今年度予算の「地域のスポーツ環境の整備の推進」のうち、2/3が「体力向上のための取り組みの充実」と「中学校武道必修化に向けた条件整備」として使われ、地域スポーツの環境整備費はあまりにも少ないらしい(武道必修化は明らかに思想が入ってるなぁ)。「登山研修所」も独法化され、登山の安全対策は大きく後退しているそうだ。「官から民へ」、「大きな政府から小さな政府へ」という「構造改革」のしわ寄せがここへも来ていると感じる。その上で田上さんは、登山団体を始め、地域で活動している「社会人スポーツ団体」への大幅な助成がいま必要だと思う
と述べていた。
実際、労山は、安全登山のために雪崩講習会などさまざまな取り組みをほとんどボランティア活動として行ってきたそうだ。これ以上事故を増やさないためには、悪質なツアー会社を取り締まるだけでなく、こうした団体の取り組みを行政が支援すべきだろう。今回の事故では、観光旅行気分でツアーに参加した中高年が被害に遭った。このような事故を起さないためにこそ、こうした団体の啓蒙活動が必要なのだと思う。今回の大雪山系での事故を、客やガイド、ツアー会社の自己責任に矮小化してしまうのではなく、現代の日本社会が抱える問題として捉えるべきだろう。「構造改革」を問い直すきっかけの一つとして十分だ。全国でこれだけ大きく取り上げられたのだから、登山が身近な山屋だけでなく、テレビの前で中高年をバカ呼ばわりしている人たち(もしいたら)にも、よく考えてもらいたい。
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