貧困問題と日本の選択
橘木俊詔さんの講演会「貧困問題と日本の選択」を聴きに、かでる2・7へ行って来た。かでるのロビーへ着くと、人がたくさんいる。高校生も多いけれど、まさか高校生が講演会に来るはずはない。あとで調べると、ホールで演劇をやっていたようだ。それで納得。
開演時間から少し遅れて主催者のあいさつがあり、橘木俊詔さんの講演が始まった。北海道へよばれたら必ず来るという橘木さんは、小樽商科大学出身で北海道は第二の故郷ということだった。青函連絡船の話題にはさすがに年代的に付いて行けなかったけれど、北海道になじみがあると聞くとやっぱり親近感を持つ。
基本的には、配られた資料に挟められたレジュメに沿って話が進んだ。橘木さんは10年以上前から日本は格差社会だと言っていたそうで、20年前から一億総中流社会と言われていた日本を研究して、1980年代後半から1990年代にかけて、それなりに貧富の格差があるということを、「日本の経済格差」という著書にまとめたのだそうだ。
日本の経済格差―所得と資産から考える (岩波新書)
著者:橘木 俊詔 |
それに対しては賛否両論があり、特に、有力な反論が二つあったそうだ。一つは政府からの反論で、橘木さんの解釈が一面的だというもの。日本は少子高齢化が進み、もともと格差が大きな高齢者の割合が高くなったので、全体の格差も大きくなったという論理で、橘木さんもその点については賛成しているらしい。ただし、なぜ政府がそういうことを言い出したのかに興味があったそうだ。もう一つの反論は、当時のトップ、小泉元元元首相によるもので、「格差社会で何が悪い」、「有能な人がそれに見合った高い報酬を得ることを、有能でない人が妬むな」というようなものだったらしい。これらの反論に対しての回答が、著書「格差社会—何が問題なのか」なのだそうだ。
格差社会―何が問題なのか (岩波新書)
著者:橘木 俊詔 |
5、6年前にマスコミやシンクタンクが行った国民へのアンケートで7〜8割の人が「日本は格差の大きい国である」と答えたことに、橘木さんは注目していた。5、6年前に東京、大坂、名古屋、京都などの街にホームレスが溢れた。また、ホリエモンや村上ファンド、六本木ヒルズなど、格差の上の方にいる金持ちが話題になった。これらが、一般の人が「格差が広がった」と思う理由だと考えているそうだ。
格差とは、経済学にいえば貧富の格差を意味していて、経済活動を行った「結果」の不平等、格差であるらしい。一方、経済活動をする前の「機会」の格差という考え方がある。「機会」の平等というのは、「一列に並んで、よーいドン!でスタートしてるか?」ということらしい。よーいドン!でスタートしているなら、がんばった人がたくさんもらえて、がんばらない人は少ししかもらえないという「結果」の格差はあっていいと思うそうだ。ところが、小泉元元元首相が問題だったのは、がんばれない人もいることや、「よーいドン!でスタートしているか」を全く気にしなかったことらしい。教育や就職の機会、昇進などの「機会」が平等ではないということが問題だったそうだ。そこで、橘木さんは、格差のうちの下に属する食べていけない貧困者をどうするかを考えた。
レジュメの統計を示しながら橘木さんは話を続けた。OECDが世界の先進国の貧困率を比較した結果、アメリカが17.1 %で1位なのは誰もが予想はしていたけれど、日本が15.3 %で2位というのは、橘木さんの主張を裏付ける結果となった。ここでの貧困率というのは、所得分配の平均値、平均的な家計所得の50 %以下の人が国民の何%いるかという、相対的貧困率というものだそうだ。レジュメにはOECD平均が10.7 %、北欧諸国に貧困率が低い国が多く、デンマークでは4.3 %と紹介されていた。
オフレコとは言っていたけれど、こうした日本の格差、貧困に対して、曾野綾子さんは、「アフリカのように餓死している人はいない」というような発言をしているそうだ。虎キチという橘木さんは、星野監督も同じような論調でがっかりしたとのこと。
貧困の僻地
著者:曽野 綾子 |
OECDの相対的貧困の調査に対して、橘木さんは絶対的貧困を調査したそうだ。それ以下になると食べていけないという貧困線というものがあり、生活保護基準がそれに相当するらしい。ただし、生活保護基準は地域や、家族の人数によってちがうらしく、それらを考慮して統計をとった結果、日本の貧困率は13〜14 %だった。この調査結果は、東大出版会から出ている「日本の貧困研究」にまとめられているそうだ。
日本の貧困研究
著者:橘木 俊詔,浦川 邦夫 |
結果として、相対的貧困と絶対的貧困がだいたい同じ値になっている。なお、OECDは2、3年前に、日本の貧困がこれ以上進むことに対して勧告を出しているそうだ。
こうした研究者の調査も、マスコミが取り上げなければ一般の人が知ることにはならない。「派遣村」をマスコミが大きく取り上げたことで、これほど貧困の問題が注目されるようになった。マスコミの力は大きいのだと橘木さんは語っていた。また、「派遣村」の現場で活動した湯浅誠さんについても触れていた。
講演時間も残り少なくなり、レジュメを読めば分かるということで、日本で貧富の格差が広がった、貧困者が増加した原因と対策について急ぎ足で話が進んで行った。1. 10年、15年といわれる失われた年代とされる不景気が深刻で、失業者数も多く賃金も下降した。2. 企業は正規労働者より労働条件が相当劣る非正規労働者の数を全体の3割まで増加させた。3. 社会保険制度の削減が続けられた。橘木さんが強調したのは、最後の、4. 高齢単身者、母子家庭、一部の若者、身体的・精神的障害者の貧困が目立つという点だった。
障害者の貧困は、昔からずっとある問題なのでここでは触れず、それ以外の高齢単身者、母子家庭、若者について言及していた。そして、これらの人たちに貧困が目立つようになったのは、日本社会における家族の変化、変容が原因だと指摘していた。一昔前の日本では、三世代住宅は当たり前だった。それが、年金制度の充実や親子の希望で、別居、独立が当たり前になった。その結果、結婚年齢が女性より男性の方が高く、平均寿命が女性の方が高いことから、高齢単身者の8割は女性。離婚率が上がり、母子家庭が増加した。若者は親のサポートで何とかと、よく聞き取れなかったけれど、勤労意欲が低下したと橘木さんは言っていた。
経済が復活して景気がよくなったら貧困はなくなるだろうか。景気がよくなっても、80歳ずぎのおばあちゃんはもう働けない。母子家庭では所得が上がるかもしれないが、育児の都合で残業や夜勤ができなかったりと、子育て支援が必要になる。若者は回復するというのが橘木さんの予想だった。
格差で問題なのは、「結果」の格差がありすぎると、次の世代で「よーいドン!でスタートしていない」ことだそうだ。例えば、昔は国立大は貧乏人が行くところだったのに、今では東大が親の所得が最高になっている。医学生の4割は親が医者で、医者は世襲になって来ている。最近では政治家も世襲になったそうだ。格差の拡大によって階層が固定化する問題を強く指摘していた。
講演が終わると、質疑応答に時間になった。会場からの質問に答えて、非正規労働者で正規労働者になりたいと思っているのは2、3割くらいで、よろこんで非正規になっている人もいるという橘木さんの話を聞いて、福田前首相の国会答弁を思い出した。さすがに、質問者も気になったようで、改めてその点について、正規労働者で過労死するよりは非正規労働者でワーキンブプアの方がいいと仕方なく思っているのだというようなことを指摘すると、橘木さんも「よろこんで」という言葉を訂正していた。
最低賃金をどうやってあげるかという質問が続いた。橘木さんは最低賃金制度の充実が重要だと考えているそうだ。最低賃金でフルタイムで働いても、生活保護以下という現実を考えると、自分だった働く意欲がなくなると言っていた。橘木さんは、デンマークの経営者と話したことを例に出した。デンマークでは最低賃金が2,000円くらいと日本に比べて2倍以上と高く、どうしてそんなに払うのかたずねたそうだ。すると、その経営者は、労働者が食べ手いけないような給料しか払えない会社は非効率だから、閉鎖した方がいいと答えたそうだ。橘木さんも驚いたと言っていた気がする。最近では、日本でも伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長が、労働者が生活できる賃金を払うのが経営者の使命だと言っているとか。
橘木さんは、中小企業からは反発があるだろうと話していた。大企業だからそういうことが言えるけど、中小企業は大企業に叩き売りされていて無理だと。大企業と中小企業との間で公正な取引が行われる必要がある。経営者の給与を減らすなども必要だと言っていた。
所得税と教育費の無償化などとどちらがいいのかという質問には、日本の教育支出がOECDで最低だということを引いて説明していた。今までの日本の教育は、親が負担するものだと考えられていたけれど、社会が負担するようになるべきだそうだ。所得税も今まで最高税率を下げ続けて来たけれど、50 %〜60 %に戻すべきらしい。ただし、昔のように70 %以上に戻すと、海外へ逃げて行く問題もあるとのこと。
次の質問は、質問というよりは若者の切実な訴えだった。「ロスジェネ」の若者は、500社以上の採用試験を受けても決まらず、人手不足の業界を目指して今は看護の学校へ通っているとか。当時の一流企業に就職して、その後どうなったかは聞き取れなかったけれど、結果として就職活動では新卒でないことが壁となったそうだ。日本企業の新卒中心主義に対しては橘木さんも批判していた。
最後は、消費税についての質問だった。実は、橘木さんは消費税増税を主張しているらしい。そこで、消費税のメリットについて説明してもらった。橘木さんは消費税を15 %に税率を上げると、基礎年金を全額税負担にして、お年寄りに17万円払うことができると計算したそうだ。年金保険料は未納が4割に上り、このままでは年金制度がつぶれてしまう。消費税は広く浅くとれて、徴収率も高いと、経済学者らしい学問的な視点で説明していた。すると、会場からは「消費税の逆進性」について指摘があり、橘木さんもすぐさま答えた。橘木さんが提案するのは「累進消費税」というもので、食料品、教育、医療は非課税にするというものらしい。つまり、消費税を導入している他の多くの国と同じ仕組みに変えるということらしい。最後に、所得税のような直接税や保険料よりも、消費税のような間接税の方が経済成長率が高いという、これまた経済学者らしい学問的な指摘もあった。もちろん、素人の自分には理論がさっぱりだけど。幸か不幸か、社民党も共産党も消費税増税には反対だと橘木さんは残念がっていた。
橘木さんの貧困への対策と最後の経済成長率の話を聞くと、経済成長が上向いて景気がよくならなければ、貧困は解決しようがないように思えたのだけど、新聞記事を読む限りは、そう考えているわけではないようだ。不況であっても、労働者が生活できる賃金を支払うのが企業の責任だという発想の徹底が必要だ
と話しているそうなので。
レジュメにも書いてあるように、同一労働・同一賃金の考え方に基づいて、非正規労働者の所得を増やして国民全体の購買意欲を高めて内需を拡大してはじめて、日本の景気はよくなるんじゃないだろうか。リーマン・ショック以前のように、輸出産業ばかり景気がよくなっても貧困はなくならないだろう。まして、北海道ではほんの一部の地域でしか景気を実感できないだろうから。
最後に、主催者から資料として配布された衆議院議員候補者へのアンケート結果についての説明があった。生活保護に関するものと、反貧困ネットワークによるアンケート、そして、反貧困ネット北海道によるアンケートの3種類だった。最後に反貧困ネット北海道の結果については、道新が2009年8月22日付の記事に掲載していたそうだ。今回の講演会で取り上げられた問題では、自民党と新党大地以外は最低賃金の引き上げに賛成。生活保護母子加算の復活と後期高齢者医療制度の廃止に対しては、自民党と公明党が反対。自分が始めた制度を世論の批判があっても今さら自分で止めるわけにはいかないのだろう。アンケート結果は、反貧困ネット北海道のサイトで公開されているそうだ。
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