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フィンランドの教育とムーミン物語

北大総合博物館へ行って、公開研究会「フィンランドの『教えない教育』」の第1回「フィンランドの教育とムーミン物語」へ参加して来た。

北大キャンパスへ行くのは久しぶり。いつものようにドキドキ、キョロキョロしながら博物館まで無事にたどり着いた。

開会の15分ほど前に会場へ着くと、まだ誰も席に座っていなかった。きっと、みんな座っていても退屈だから展示を見ているのだろう。有珠山の展示があったので、エンサヤさんたちが有珠山へ行っているのを思い出した。有珠山へ登ると行っていたけれど、外輪山の中って立入禁止じゃなかったっけ?大有珠の標高が一番高いと思ったけど、あそこも立入禁止だったような。山頂へ登れない登山でもよかったのかな。まあ、樽前山の東山も正確には一番高いわけじゃないし?、まあいいか。

5分前に会場へ入って、中谷宇吉郎の雪を人工的に作り出す装置を見た。他にも知里真志保のアイヌ語研究についての展示があった。知里という名前が気になってプロフィールを見ると、思った通りで、知里幸恵の弟だった。北大で教鞭もとっていたようだ。勉強不足。

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展示を見ていると、そろそろ開会のようで係の人が資料を配布し始めた。20人弱は集まっただろうか。まず始めに、北大教育GPの説明だった。GPと書かれたらグランプリ(grand prix)だと思うけど、実はgood practiceの頭文字だった。文科省でH20年度から実施している「質の高い大学教育推進プログラム」に、「博物館を舞台とした体験型全人教育の推進」プログラムが3年の期限で採択されたのだそうだ。これも最近流行の競争的研究資金の一つな訳で、日本の教育・研究の財政的・質的な貧困を物語っているように思える。大学も生き残りをかけて必死だ。新政権で方針が転換されるといいけれど。

講演会ではなくて公開研究会だから、前半の講師の池田文人北大准教授からの発表の後、参加者で話し合うことになるらしい。今までに市民参加の公開研究会なんて出たことがないので、どんな話し合いになるのかちょっと心配だ。

発表の前半は、ムーミン童話についての解説だった。正直なところ、ムーミンが好きなわけでも、スナフキンのファンでも、ニョロニョロがどんなキャラクターかも知らない。解説があって本当に助かった。ムーミン童話をそもそも読んだことがないのだから。実は、ムーミン童話というのは全部で9作あって、画家のトーベ・ヤンソンが書いた一連の物語なのだそうだ。第二次世界大戦でフィンランドがナチスドイツと同盟を組んだのを受けて、戦争を嫌って作者が書いたのだという。はじめの2作は売れなかったらしいけど、3作目の「たのしいムーミン一家」がヒットして、今のような人気につながったとか。

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ストーリーについて一通り解説があった後で、エンディングで登場人物たちがどうなるかということから、この物語のメッセージを読み解いていた。これ以降、物語に登場しなくなるキャラクターたちにその鍵があった。エンディングまでに抱えていた問題などを解決することができたキャラクターは、もう登場することがなくなる。逆に、矛盾を抱えたままのキャラクターは、これ以降も悩みながら物語に登場するらしい。そこから、「個の自立」がこの作品のテーマだと解釈できるらしい。そして、「個の自立」がフィンランド教育の目標なのだそうだ。

フィンランドの教育を現す模式図は、「個の自立」を頂点とするピラミッドが描かれていて、その下に順番に「相互作用の推進」、「表現・行動の尊重」、「多様性の寛容=個の尊重」が階層的に並ぶ。ピラミッドの一番下の土台にあたる多様性の寛容として実際にフィンランドで行われていることの中でも、「経済的制約からの解放(教育の無償)」は、ちょうど高校授業料の実質無償化が実現に向けて動き出したばかりだ。

フィンランドの学校における授業を例に、「個の自立」を目標にした教育の中身についていくつか紹介があった。「個の尊重」という観点では、算数の授業で課題が終わった子どもは小説を読んでいても注意されない。「表現・行動の尊重」という観点では、絵や工作などの子どもが授業で作ったものは壁や天井に飾ってある。「相互作用」の観点では、生徒と教師が話し合って次の授業で扱う内容を決める。どの教科の授業であっても、いろいろなことの結びつきを学ぶ工夫がされており、その過程で個の自立を達成できるように考えられているようだ。美術と数学のコラボレーションで、幾何学模様を扱ったり、グラフの視覚的効果を学んだり、数学では地理の要素が含まれていたり。理科の授業で森へ行く時も、まず森まで安全に行くために、交通のことやその他いろいろなことを学ぶのだそうだ。とにかく、現場の教師には大きな裁量が与えられていて、日本の学習指導要領のような細かく厳しい制約がないようだ。

こうした教育をフィンランドで行う理由は、勝手に要約すると、子どもの頃にちゃんと教育すれば再教育にコストがかからないということらしい。ヨーロッパらしく合理的だ。フィンランドの大学院で学ぶ「青い光が見えたから」の著者は、日本の教育では子どもは与えられた情報を鵜呑みにするが、その情報が真実でなかった場合に危険だと指摘しているそうだ。フィンランドの教育は、自分だけの真実を見つけ出すものだと。

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そう結論づけて、第1回の公開研究会の発表が終わった。続いて質疑応答が行われた。話し合いを予想していたので、ちょっと拍子抜けだった。グループディスカッションをしたら面白そうだったけど、普通にフィンランドの教育についての質問が続いた。参加者の教育への関心は高いらしく、質問はひっきりなしに出て来た。質疑応答の中で、フィンランドの自殺率が高く、いじめもあるという話を聞いて、意外に思う参加者は多いようだった。池田さんは、自殺率の高さについて、早くから自立を求められることが原因じゃないかと話していた。

また、教育制度だけではなく、学校教育を支える社会の仕組みや習慣についても話があった。フィンランドではワークシェアリングが進んでいて、共働きの親でも子どもの世話ができるようになっている。また、どの家にも家庭文庫があって、毎晩、主に父親が子どもに読み聞かせするという習慣があるそうだ。

意外だったのは、アニメは原作とずいぶんちがっていて、日本の1回目のアニメ化では原作者から日本以外での放送を認められなかったそうだ。一方、フィンランドでもムーミンのイメージはアニメのもので、2回目のアニメ化によるものらしい。こっちは許可されて普及したそうだ。

次回は11/21(土)で、「物語(ナラティブ)としての学び」というタイトルで行われる。会場はまだ決まってないそうで、北大教育GPのHPをチェックするようにとのことだった。

OECDのPISAで第一位になって、フィンランドの教育が何かと取りざたされる。井上さんが話していたが、予算の無駄とかプライバシーとかいろいろな批判を受けた「学力テスト」も、そもそもフィンランドを真似たものだということだった。他国の制度を(権力者に)都合のいいように取り入れるのが日本の習わしなので、このまま学力テストが続いたとしたら派遣労働同様に多くの弊害をもたらしたことだろう。抽出方式に変わっただけでもまだよかった。

フィンランドの教育を手本にするというのは、フィンランドが教育改革に取り組み始めた当時、深刻な経済危機に直面していたということが、現在の日本がおかれた状況との類似性から見ても、かなり有力だと考えるだけの説得力がある。1994年に29歳の若さで教育大臣に就任したオッリペッカ・ヘイノネン氏の言葉。教育で大切なのは機会の平等です。その基盤があって初めて世界の頂点に立てる高い水準の人材を育成することができます。教育はいわば"投資"です。国の競争力に関わる問題なのです。「世界の頂点」、「投資」、「競争力」といった言葉には引っかかるけれど、これから日本がどこに予算を割くべきかの答えになっているんじゃないだろうか。

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