天から送られた手紙
中谷宇吉郎の「雪」も読書の秋にようやく読んだ。
「雪は天から送られた手紙である」という有名な言葉を残した雪の研究者、中谷宇吉郎。世界で初めて人工雪を作った中谷さんにちなんで、北大には記念碑があった。在学中に読んでおくように言われた中谷さんの「雪」。薄い文庫本なので読んでみたらあっという間なのだけど、ついつい後回しにしているうちに、買ってから20年近く経ってしまっていた。古い本なので活字や多少古い文体に初めは戸惑うけれど、慣れるとすらすら読める。
雪 [ 中谷宇吉郎 ] |
いくつか印象に残った文章を引用しながら感想などを書いてみる。
毎年冬になると何十万という人々が、スキーを楽しむために雪原へ雪の山へ出かけてゆく。これらの人々が雪に親しみ、健康と剛健な気風とを養うことは勿論大いに賛成すべきことではあるが、このように雪に親しむ気持ちを今一歩進めて、雪の性質なり、雪の降る状態なりに注意し、そして雪から蒙る損害をいくらかでも少なくしようということに心を向け、また同時に雪を楽しむようにしたら、どんなに良かろうかという気もする。<p. 38>
「雪」が出版されたのは1938年。当時でさえ何十万人もスキーを楽しんでいたということには驚く。雪への対策は進歩して被害の内容は当時から変わっていそうだけど、ただ楽しむだけではなく、少しでも被害を小さくしようというのは、特に、バックカントリーで滑る際には重要なことだ。気象情報を調べ、積雪を観察して雪のことを知ることは雪崩や遭難の危険から身を守ることにつながる。スキー場で普通に滑っている多くのスキーヤー、スノーボーダーはともかく、バックカントリーで滑る者が自分の身を守ることに限っては、もしかしたら中谷さんの想いが通じたのかもしれない。
科学日本のためには、専門学者の努力のみによって研究が押し進められると思って、安心していることは禁物である。<中略>あらゆる問題について、道具や器械が揃っていなければ科学的研究が出来ないと思う事それが科学的精神に反する道であると知らなければならない。<p.54>
少しでも科学をかじった身としては痛い言葉。研究のために用意された道具や器械を当てにせずに、知りたいことがあるなら頭を使って努力しよう。そして、この言葉を忘れないように。
ところで、中谷さんが雪の観察の場所に選んだのは十勝岳で、白銀荘が研究の舞台として登場する。もちろん登場するのは今の白銀荘ではないのだとしても、中谷さんが見た雪を自分も見ているのだと思うと感慨深かった。普段は滑ることしか頭にないけれど、ゆっくり落ち着いて雪を観察してみるのも悪くないんじゃないかという気がした。
雪は高層において、まず中心部が出来それが地表まで降って来る間、各層においてそれぞれ異なる生長をして、複雑な形になって、地表へ達すると考えねばならない。それで雪の結晶及び模様が如何なる条件で出来たかということがわかれば、結晶の顕微鏡写真を見れば、上層から地表までの大気の構造を知ることが出来るはずである。そのためには雪の結晶を人工的に作って見て、天然に見られる雪の全種類を作ることが出来れば、その実験室内の測定値から、今度は逆にその形の雪が降った時の上層の気象の状態を類推することが出来るはずである。このように見えれば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。<p.162>
有名な「天から送られた手紙」の一節。「雪」の中では雪と上層の気象との関係はほとんど紹介されていないけれど、これまで雪崩の本などを読んで簡単なことは知っている。つい面倒くさがって本棚に飾ったままの雪崩大全だけど、雪の成長や気象も含めて雪の科学について一度は目を通してもう一度簡単に確認してみたいと思う。
山岳雪崩大全 [ 日本雪氷学会 ] |
われわれが日常眼前に普通に見る事象の悉くが、究めれば必ず深く尋ねるに値するものであり、究めて初めてそのものを十分に利用することも出来、またもし災害を与えるものであればその災害を防ぐことも出来るのである。それ故に出来るだけ多くの人が、まず自分の周囲に起こっている自然現象に関心を持ち、そしてそこから一歩でもその真実の姿を見るために努力をすることは無益なことではない。<p.164>
冒頭の繰り返しになるけれど、中谷さんは一般の人にも科学的視点で物事を見て、災害を防ぐことにつなげることを強く期待していたようだ。現代では科学があまりに専門化、細分化されすぎて、異なる分野のことはまったく分からないということもあるし、身近なことへ関心を持つ心のゆとりも失われつつあるけれど、自然現象はもちろん、政治、経済といった自分の周囲の物事に人々が関心を持たなければ、いつどんな災害に襲われるかも分からない。東日本大震災とそれにともなう原発事故など、関心の低さが被害を大きくしたことは確かだろう。無責任に専門化に丸投げせず、自ら判断、決定に関わることが大事だと思う。
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