がん治療
墓参りへ行くと、叔父さんの化学療法の経過があまりよくなかった。
叔父さんが肺がんだと告知されたのは去年の秋。頚椎かどこかへの転移は放射線療法で改善された一方、肝心の肺がんの方は化学療法の効果が出ていなかった。半年経っても数値がよくならないということで強い薬に変えたところ、副作用がひどくなり、一時は食事も歩くこともできなくなったそうだ。
上の叔父さんも肺がんだった。40代の若さで治療の甲斐なく亡くなった。ただ、二人とも喫煙していたので、肺がんになったのも不思議ではない。
叔父さんは70歳を越え、孫たちもすっかり大きくなっている。肺がんは診断を受けた時点でステージⅣ。肺がんの中でも腺がんの5年生存率が7%足らずという病なので、告知でも落ち込まずに治療を選んだことには正直驚いた。当時は特にがんによるはっきりとした症状はなく元気だったせいもあるのだろう。自分にそんな強さはない。
ところが、7月に強い薬に変えてからは激しい副作用に襲われ、母方の自慢のフサフサだった髪の毛が、墓参りで再会したときにはずいぶんと薄くなっていた。治療から2週間近く経っていたので副作用は落ち着いてきた頃で、歩くことも食べることもできるようになっていたのはホッとしたけれど、薬の影響で味覚に異常が出ていて美味しいと感じないらしい。手足の指の皮が硬くなり、痒みも出て割れて血が滲んでいるところもあった。1年前とはがらっと変わり「がん患者」になってしまっていた。
叔父さんの治療についてはママンが相談に乗っていたのでほとんど気にしていなかったのだけど、今回、話を聞いてみるといろいろ気になることがあって調べてみた。とにかく、がん治療については知らないことが多く、20年前からはずいぶん進歩している印象だった。
まず、肺がんは症状が現れづらいらしく、叔父さんも実際に少し息切れするようになって診察、検査を受けると、すでにがんは腺がんで、ステージⅣまで進行していることが分かった。ステージⅣはもっとも進行している段階で、切除不能であるため、薬物療法を行うことになる。薬物療法と聞くと、以前だといわゆる抗がん剤しか思い当たらなかったのだけど、現在では、抗がん剤に加えて、分子標的薬と昨年のノーベル賞受賞で有名になったオプジーボのような免疫チェックポイント阻害剤というものがある。
先月から叔父さんが始めたのはサイラムザ+ドセタキセル療法というものだった。サイラムザというのは分子標的薬の一つであるラムシルマブの商品名。ドセタキセルというのは抗がん剤の一つ。それら2種の薬を併用する薬物療法を行なっている。以前の薬物療法が具体的にどのようなものかは聞いていないが、効いていなかったためにこの治療法に変わったのだが、問題は副作用が非常に大きいということだ。
手足の皮膚が硬くなって痛み、歩けなくなってトイレまで這って行ったそうだ。口の中も喉まで粘膜が炎症を起こして数日間は食事もできなくなった。食べられないことが一番心配だ。人間は食事で栄養をとれなくなると一気に弱ってしまう。それは亡くなった祖母を見ていて強く感じた。副作用がここまで強く出るのであれば、本人ももう治療を続けられないと感じている。
おそらくは従来の抗がん剤が効かなかったため、比較的新しいサイラムザという分子標的薬を使ったのだろう。分子標的薬というのは、「がんの増殖に関わっている分子を標的にしてその働きを阻害する薬」なのだそうだ。ただし、がんの増殖に関わる変異は人によってちがい、その変異に合わせた分子標的薬を治療に使用すると効果があることが分かっているらしい。それら一部の変異はバイオマーカーとして検査し、分子標的薬の効果を予測するのに利用される。
ちなみに、腺がんの状態を把握するためにCEAというバイオマーカーが腫瘍マーカーとして利用されている。叔父さんの場合、当初は10台であったCEAの数値は、薬物療法の甲斐もなく50台まで上がってしまい、サイラムザとドセタキセルの併用することになった。数値が高い方ががんが進行しているということらしいけど、そう単純でもなさそうだ。
それにしても、薬は薬剤名と商品名が異なるので混乱する。分子標的薬である薬剤名ラムシルマブの商品名はサイラムザ。免疫チェックポイント阻害剤である薬剤名ニボルマブの商品名が有名なオプジーボ。分子標的薬も免疫チェックポイント阻害剤も◯◯マブで薬剤名が似ているし、商品名は薬剤名とはまったく異なる。親切に薬剤名と商品名を併記してる場合はともかく、分かりづらいことこの上ない。
ところで、実は、叔父さんの腺がんについては、バイオマーカー検査は行われていないような様子だった。がん告知直後に叔父さんが担当医とオプジーボの話をしたときは、「がんの型が合わないから使えない」というように言われたらしい。ただ、これまで具体的にどのような検査をしているのか分からないので、叔父さんのがんに合わせた治療がちゃんと行われているのか疑問は残る。効く可能性がない薬なら使って副作用に苦しむのは意味がないし、効く可能性のある薬がないのなら、叔父さんももう苦しまずに余生を送れるように緩和ケアを選ぶだろう。
まず何より、今の治療が本当に適切なのか、他に治療法がないのかを知りたいところだ。副作用で体力が衰えて「薬に殺される」ようなことにはなって欲しくない。
実は、サイラムザを含めた分子標的薬による治療も、オプジーボをはじめとする免疫療法もまだまだ発展途上のようだ。どの薬がどんながんにどのように効果を示すかがまだよく分かっていないらしい。バイオマーカーがまだあまり見つかっていないそうだ。それらを明らかにしていく意味でも、がんゲノム医療として体制が整備されつつあるようだ。
その一環としてがん遺伝子パネル検査というものが今年から始まったばかりだ。現時点で北海道では、がんゲノム医療中核拠点病院に指定されている北大病院と、6ヶ所のがんゲノム医療連携病院において検査を受けることができる。今週から保険診療が適応になったという。
幸い、叔父さんが治療を受けているのはがんゲノム医療連携病院に指定されている病院で、仮に検査を受けることになったとしても、おそらく担当医と相談するだけで済みそうだ。ただし、保険診療の対象となるのは、「標準治療がない固形がん(原発不明がんや希少がんなど)、又は標準治療が終了となった固形がん(終了が見込まれる者を含む)患者」らしい。
叔父さんは標準治療として現在は分子標的薬(と抗がん剤と併用)による薬物療法を行なっている最中だ。今週末の検査の結果次第で3回目の治療を行うかどうか、治療を変えるかどうかが決まるようだった。果たして、がん遺伝子パネル検査の対象と認められるか。「打つ手なし」と分からなければ検査を(保険診療で)受けられないというのに違和感を覚えるものの、医療財政的にも大変なようだ。
検査の費用が56万円と高額で、例えばオプジーボによる治療は1ヶ月に350万円くらいかかるらしい。これらを医療保険で賄うようになると医療費が上昇することが懸念されているようだ。最先端の医学を導入して国民の命を支えようにも、金がなくなっては支えられないので、対象を絞るというのは理解できる。一方で、効き目がない高額な薬を使わないで済むように、事前に検査することも、医療費削減には必要なことのはずだ。3割負担なら約17万円の検査だけど、効かないことが分かっていて高い医療費を支払っても儲かるのは製薬会社だけで、いいことはない。まぁ、開発には相当投資はしているのかもしれないけど。
ふとアニメ「はたらく細胞」のことを思い出した。6話の後半と7話にがん細胞が登場する。ただ、観ているとがん細胞がかわいそうになるから不思議だ。叔父さんの健康をいずれ蝕むことになるがん細胞であっても、確かに叔父さん自身の細胞だ。何かの拍子に異質な細胞になってしまっただけ。免疫細胞からは攻撃されて処分される対象になってしまう。
物語の中ではがん細胞は免疫細胞によって処分されたけれど、今、叔父さんの身体の中には人工的に作られたラムシルマブやドセタキセルといった薬物が登場してがん細胞たちと戦っていることだろう。ちなみに、これまたAbemaビデオで6話と7話があと11日間無料で視聴できるらしい。
原作だとがん細胞は2巻で登場。
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